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木島英登(バリアフリー研究所)は元電通!激務のせいで車イスに?

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バニラエアーの車イス問題で急浮上してきたバリアフリー研究所の所長である木島英登ですが、木島英登がバリアフリー研究所を立ち上げる前は過去電通で勤務していたこともあるそう。電通といえば激務のイメージがありますが、彼が車イスを使うことになった経緯と関係あるのでしょうか?




木島英登とは?

バニラエアーの車イス搭乗拒否事件の当事者というか発端となった人物である木島英登(きじまひでとう)さんは、1973年生まれの44歳。木島英登さんが車イスを利用することになったのは、高校3年生の時なんだそう。

木島英登さんが車イスを使用することになった経緯は高校3年の時のラグビー部の練習中に第11胸椎を脱臼骨折したことにより脊髄損傷したため。以来、ずっと車イス生活をしています。

ちなみに木島英登さんは過去に、JALでもトラブル をおこしたことがあり、当時は訴訟をチラつかせ謝罪させ 、その時も「事前連絡」について確認され ていたようです。つまり今回の件もわかっていてやったということですよね。ちょっとした当たり屋的な。

日本のバリアフリーをどうにか変えたいという気持ちはわかりますが、やり方がちょっと一方的すぎるというか、同じく車イスを利用している他の人たちのイメージまで悪くなってしまいますよね。

バリアフリー研究所とは?

バリアフリー研究所は、木島英登さんによって2004年4月に設立された会社。社名の通り、主にバリアフリーに関するコンサルティングやや社員研修・教職員研修などのか、講演や執筆なども業務としておこなっているようです。

所在地は大阪で、近畿大学法学部、文学部の社会福祉論の講師の経歴もあるんだそうです。

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木島英登が元電通の社員って本当?

現在ではバリアフリー研究所所長として活動している木島英登さんですが、1997年の大学卒業後はあの(株)電通で働いていたそうなんです。電通では関西支社のマーケティング局に勤務し、日本マーケティング協会認定のマーケティング・マスターの資格も持っているんだそう。

2004年に電通を退職するまではバリバリ働いていたようです。退職したあとはフリーランスとなり、バリアフリー研究所をたちあげたというわけですね。

まとめ

というわけで、バリアフリー研究所の木島英登さんが元電通の社員なのか、また、車いすになった経緯について調べてみましたがいかがでしたか?

今回の記事をまとめると

  • 木島英登さんは1997年~2004年まで電通で働いていた
  • 木島英登さんが車イスを使用することになったのは高校3年の時の部活練習中
  • というわけで、電通で激務だったから車イスを使うことになったのではない

こんな感じですね!

バリアフリー研究所の所長をつとめているということで、今回のバニラエアーの件も問題提起だったんでしょうけど、ちょっとやり方がおかしいというか、、、まぁ車イスの方ようの設備がないのもおかしいですけどね。

早く日本も諸外国のようにバリアフリーがすすむ世の中になるといいですね。

あとはLCCより大手航空会社の方が福祉系はしっかりしていると思うので、そっちを使うって手もあったと思います。でも金額が違いすぎるか…。

こんな記事もあります♪→子連れで沖縄旅行♪JAL特典航空券(羽田⇒那覇)、裏ワザを使って無事ゲットした話。

 







 

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