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下重暁子と小林ハルの関係は?瞽女(ごぜ)とは?

2018年9月5日

9/7放送の爆報に下重暁子さんが出演されますが、下重暁子さんが衝撃を受けた盲目の老女が小林ハルさんという「瞽女(ごぜ)」の方だということがわかりました。二人にはどんな関係があるのか、また小林ハルさんや瞽女についても詳しく調べてみます。


下重暁子とは

下重暁子さんは、2015年に出版した「家族という病」という本がベストセラーになった作家さんです。もともとはNHKのアナウンサーとして活躍していました。現在では、評論家やエッセイストとしても活躍されています。

「下重暁子」という名前は旧姓であり、結婚したときに改姓しましたが、本人の意思としては旧姓のままが良かったんだそうです。「夫婦同姓は明治期からの制度であり、伝統でもなんでもない。」とした意見を持っていて、選択的夫婦別姓にも賛成しています。

「死ぬ前には事実婚状態に戻し、「下重暁子」として死にたいともおっしゃっています。

下重暁子さんのプロフィール

【名前】下重暁子(しもじゅうあきこ)
【生年月日】1936年5月29日(82歳)
【出生地】 栃木県宇都宮市
【最終学歴】早稲田大学教育学部国語国文学科卒業

小林ハルとは

小林ハルさんは下重暁子さんが人生最大の衝撃を受けた盲目の老婆、その人のことです。

小林ハルさんは生後三か月で白内障を患い、失明。5歳の時に瞽女修行を開始した女性で、晩年には「最後の長岡瞽女」、「最後の瞽女」として脚光を浴びました。

小林ハルプロフィール

【名前】小林ハル(こばやしはる)
【生年月日】1900年1月24日生まれ  2005年4月25日死没
【出生地】 新潟県南蒲原郡井栗村三貫地(現在の三条市三貫地新田)

瞽女とは

小林ハルさんで有名になった「瞽女(ごぜ)」ですが、いったい何のことなのでしょうか?

瞽女とは、「盲御前(めくらごぜん)」という敬称に由来する日本の女性の目の見えない芸能者のことを言います。近世までにはほぼ全国的に活躍し、20世紀には新潟県を中心に北陸地方などを転々としながら三味線、ときには胡弓を弾き唄い、門付巡業を主として生業とした旅芸人です。

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小林ハルの壮絶人生とは

小林ハルさんが失明した原因は生後三か月で患った白内障ですが、この失明のせいでかなり壮絶な人生を送ることになります。時代が時代なのですが、それを考えてもかなり壮絶な人生です。

小林ハルさんの生花は庄屋の格式を有する小作人をもつ農家だったので、使用人もいて、どちらかといえば裕福な家庭でした。ハルさんが2歳の時に父親が死に、母親も喘息の持病があったため、同居していた祖父の弟(大叔父)に養育されることになります。

当時盲目の子は偏見の目で見られることが多く、ハルさんの家族もそれを恐れ「人に見られてはいけない」とハルを常に屋敷の奥にある寝間に置きました。16歳年上の兄から暴力を振るわれても、盲目のせいにされて、兄が叱られることはありませんでした。理不尽すぎる!!

その当時、目の見えないものが生活していく手段は鍼、按摩、琴、三味線などに限られていて、家族はハルを瞽女にすることに決めます。そして5歳で樋口フジという人のもとに弟子入りするのですが、このあとからハルさんの人生が壮絶なものになっていきます。

樋口フジはいろいろなことでハルさんを責めます。

  • 小柄なハルがフジの分を合わせて2人分の荷物を担ぐ姿に人が同情すると、「重そうに担ぐからだ。おらのせいだと思わせたいのか」と怒る
  • ハルの唄が褒められると「そんなに褒められたいのなら、あの家の子になれ」と嫌味を言う
  • 食事の際、フジや姉弟子がおかずを食べても、ハルだけはご飯とみそ汁と漬物しか食べられなかった
  • 実家が宿泊代を出して旅行へ行った際も、フジはハルにはおかずを食べさせず、部屋へ持ち帰って自分の夜食にした
  • ハルさん巡業中の宿泊先の農家でフジが教えていない唄を唄った。それが気に入らず、翌日別の村へ向かう途中でハルを山中に置き去りにされた。

などなど。。。人としてどうなの?ということが平然と行われていたんですね。そういう時代だったのかもしれませんが、それにしてもひどすぎますね。

この後、小林ハルさんはフジとの師弟関係を解消し、平穏が訪れるかと思いきや、まだまだ災難が待っていました。

次に師弟関係になったハツジサワはいい人だったのですが、姉弟子のサヨという年上の晴眼者の瞽女にひどい仕打ちをされてしまうのです。

ある村でハルが小さな堀の中に落ち、それを見た村人がサヨにもっと気を付けてやるよう注意したところ、腹を立てたサヨ。サヨは人のいないところでハルを突き飛ばして倒し、杖でハルの局部を執拗に突いたのです。

これが原因でハルは子供ができない体になってしまいます。正確には手術を受ければ治ったのですが、手術費用が高額だったこと、自身が結婚できるとは考えていなかったため、手術をしませんでした。

また、そのあとも様々な試練が小林ハルさんを苦しめます。その試練を乗り越えて、小林ハルさんは1978年(昭和53年)3月25日、記録作成等の措置を講ずべき無形文化財「瞽女唄」の保持者に認定されます。

その後、1979年(昭和54年)4月29日、黄綬褒章も授賞。そのときのハルさんのコメントは下記の通り。

黄綬褒章もいただいて、国からごほうびをもらえるなんて、ありがたいことだね。あのまま瞽女にもならず、家におれば、80歳にもなったら年寄りだがね、切れた着物を着せられたって、ありがたがって拝んで着なければならないのに。

ここで、こんな親切にしてもらって、みなさまのお蔭だね。家におれば80の婆さんだもの、客人が来れば、隠れてなければならんのに、ここにおれば、どんなお客様がこられても、その前に出してもらってね。

私は今、一生の間の嬉しさを全部まとめてもらっているようなもんだね。

壮絶な人生でしたが、苦しいだけの人生で終わらなくてよかった、と思いますね。

小林ハルさんは、晩年を特別養護盲老人ホーム「胎内やすらぎの家」で過ごし、105歳で施設職員と看護師に看取られて亡くなりました。遺骨は生前の願い通り、胎内やすらぎの家の敷地内に設けられた墓に納められています。

下重暁子と小林ハルの関係は?

下重暁子さんと小林ハルさんにはどんな関係があったのか気になったので調べてみたんですが、下重暁子さんの著書のなかに 『鋼の女 最後の瞽女・小林ハル』という本があり、この本の取材中にお知り合いになられたようですね。

この取材のときに、小林ハルさんの壮絶人生を知り、人生で最大の衝撃を受けたんでしょうね。

確かに衝撃受けますよね。この人生を知ったら。今では考えられないですもんね。

下重暁子と小林ハルの関係は?瞽女(ごぜ)とは?まとめ

というわけで、下重暁子さんと小林ハルさんの関係について、また小林ハルさんの壮絶人生や瞽女についてまとめてみました。



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